『ある日ある時』震災 16
玄関に立つと、顔見知りの方々が、迎え入れてくれた。ヘドロだらけの履き物、即製防寒防水靴下、濡れた衣類を着替え、畳の部屋にやっと落ち着くことができた。 地震、津波による被害は、殆どなかったようだが、ライフラインは、すべて絶たれていた。 一階にある広間の一つは満杯になっていたようで、二つめの広間に場所を得た。 |
私たち家族が最初のようだったが、その日のうちに、多くの方々が避難してきた。皆、着の身着のままだ。
近年、住宅地として整備された地区に建つ会館、周辺は、地震、津波など何もなかったかのように閑静だった。 その閑静な近隣から、建物は無事でもライフラインの途絶、余震なども頻繁にあって、避難してきた方々が居た。 確かに、家は無事でも、ライフラインを絶たれていては、家に居る意味が無いかもしれない。 |
また、地震発生から会館にいて、外の様子を見ていない方々も居た。カメラのモニタ、わずか 3.5 インチの画面からでも、 少しは、外の被災の様子を知って貰うことができるかも知れない。 次々、映し出された映像に、皆、驚きの声を上げた。 それでも、後日機会があり、二週間以上が過ぎ、瓦礫の撤去が進んだ、実際の被災現場を見ると、涙を流さない人は、一人もいなかった。 |
写真、新聞、様々な映像と、実際に自分の眼で確かめることの、ギャップの大きさを思い知らさせる最初の出来事だった。さて、到着は昼近かった。 必要最小限の防災関連備蓄は、備わっていたらしく、 お湯を頂きカップ麺の昼食を取ることもできた。 さて、当面、何を成すべきか。 渇きを癒す、飢えを凌ぐ。 その為にできることかは何でもする。 それが最優先の避難生活が始まった。 |



