⇐ 守護国家論 三   ⇐ 守護国家論 二    次ページ 次ページ 前ページ 前ページ

大自在天並に 余の諸の天衆・眷属けんぞく百千万・恭敬合掌しくぎょうがっしょう礼して我に転法輪てんぽうりんを請ずと」此等の説は法華経に華厳経けごんきょうの時 を指す文なり、故に華厳経の第一に云く毘沙門びしゃもん天王 月天子 日天子 釈提桓因しゃくだいかんにん 大梵だいぼん 摩醯首羅めけいしゅら 上巳
 涅槃経に 華厳経の時を説いて云く「既に 成道し巳って梵天勧請すらく 唯願わくば如来当にょらいまさに衆生の為に広く甘露かんろ の門を開き給うべし、乃至・梵王復言く世尊・一切衆生におよそ三種有り所謂・利根・中根・鈍根なり利根は能く受く 唯 願わくば 為に説き給え、仏言く 梵王あきらかに聴け 我今当に一切衆生の為に甘露の門を開くべし」亦三十三に華厳 経の時を説いて云く「十二部経・修多羅しゅたらの中の微細びさいの義を我先に巳に諸の菩薩の為に説くが如し」。
 此くの如き等の文は 皆諸仏・世に出で給いて 一切経の初めには 必ず華厳経を説き給いし 証文なり。
 問うて云く無量義経に云く「初めに四諦したいを説き、乃至・次に方等十二部経・摩訶般若まかはんにゃ華厳海空けごんかいくうを説く」此くの 如き文は 般若経はんにゃきょうの後に 華厳経を説くと相違如何、答えて云く 浅深の次第なるか 或は後分の華厳経なるか、法華経 の方便品に一代の次第浅深を列ねて云く「余乗有ること無し な華り厳 若は二 な般り若 若は三 な方り等 」と此の意なり。
 問うて云く 華厳経の次に何のいずれ経を説き給うや、答えて云く 阿含経を説き給うなり、問うて云く 何を以て之を知 るや、答えて云く法華経の序品に華厳経の次の経を説いて云く「若し人・苦にうて老病死をいとうには為に涅槃を 説く」方便品に云く「即・波羅奈はらないに趣き、乃至・五比丘の為に説く」涅槃経ねはんぎょうに華厳経の次の経を定めて云く「即・波 羅奈国に於て正法論を転じて中道を宣説す」此等の経文は華厳経より後に阿含経あごんきょうを説くなり。
 問うて云く 阿含経の後に 何の経を説き給うや、答えて云く 方等経なり、問うて云く 何を以て之を知るや、答え て云く 無量義経に云く「初に四諦したいを説き 乃至・次に方等十二経を説く」涅槃経に云く「修多羅しゅたらより方等を出す」
 問うて云く方等とは天竺の語・ここには大乗と云う華厳・般若・法華・涅槃等は皆方等なり何ぞ独り方等部に限り方 等の名を立つるや、答えて云く実には華厳・般若・法華等皆方等なり然りと雖も今方等部に於て別して方等の名を                                         p.三八